森山栄治(高浜助役)の経歴や大学|天皇と呼ばれた男の正体とは?

関西電力の役員らが金銭を受け取っていた問題。

金銭のやりとりがあった森山栄治さんが注目されています。一部業者からは「天皇」と呼ばれていたそうです。

それだけ強い権力を持っていた人物だと思われます。今回は森山さんの経歴や大学などについて書いていきます。

森山栄治(高浜助役)の経歴や大学はどこ?

プロフィール

  • 名前:森山栄治(1929年 – 2019年3月)
  • 年齢:90歳
  • 出身:福井県大飯郡高浜町
  • 高校:不明
  • 大学:不明
  • 職業:公務員、原発実業家

経歴

  • 41歳(1969年12月):高浜町役場に入庁。
  • 47歳(1975年):収入役に就任
  • 48歳〜58歳(1977年4月〜1987年5月):高浜町の助役を務める。その後、退職。
  • 67歳(1996年):法務省人権擁護局長感謝状を受賞
  • 74歳(2003年):叙勲を受賞
  • 90歳(2019年3月):死去

森山さんは、福井県大飯郡高浜町の出身で1929年の生まれです。

1940年代に高校進学しているはずですが、出身高校・大学は非公開です。高浜町内に高校は存在していないことから、藤島高等学校などの偏差値が高いところに進学していた可能性はあります。

41歳に地元の高浜町役場に入る前は、京都府内の自治体職員を務めていました。京都といえば京都大学がありますね。

高浜町役場に入庁したあとは、順調に出世して75年には市の収入役に就任。その後、77年から退職するまでは助役を務めました。

関西電力と森山栄治間での金の流れ

70年代の反原発運動が長引く中で、高浜原発の3、4号機の誘致では主導的な立場にありました。

退職後も都市計画審議会で委員を務めるなど、行政には深く関わっていたそうです。

退職後も原発ビジネスに関与していたことが判明

森山栄治の生前の姿

森山さんは1987年に助役を退職後も、原発ビジネスに深く関与。

高浜原発の警備会社の役員、原発のメンテナンス会社の相談役にとして仕事をしていことが判明しました。

高浜原発のメンテナンス会社には、退職後に数年後に雇用。警備会社は97年設立後、すぐに役員になっています。

両者ともに原発関連の会社であることから、関西電力と強いパイプを持つ森山さんが発注に関して影響力を持っていたと指摘されています。

『天皇』と呼ばれた人物の正体とは?

一部業者からは「天皇」と呼ばれていた

 森山氏からの金品の受け取りについて八木会長は、記者団の取材に(森山氏の)機嫌を損ねると原発事業が立ちゆかなくなる。過剰反応かもしれないがあえてリスクを個人がとっていた」などと釈明している。

森山さんは地元の一部業者からは『天皇』と呼ばれていたほど、力を持っていたと言われています。仕事をお願いすれば、100%仕事をもらえるほどだったようです。

逆にあいさつに行かないと、仕事を止められるなどの恐怖感があったようです。それだけ圧を持った人物だったということでしょう。また、関西電力内では「先生」とも呼ばれるほどで、特別扱いを受けてきたようです。

いわゆる昭和の典型的な実業マンで、裏では金銭のやり取りもいとわない強引さを持った人物だったのでしょう。

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